1 二重債務問題への対応方針
1. 今回の東日本大震災は、その被害が東日本の極めて広域に及ぶだけでなく、大規模な地震と津波に加え原子力発電施設の事故が重なるという、未曽有の複合的な大災害である。
こうした中にあって、震災直後から国は金融機関に対し被災者の厳しい状況に照らし、まずは返済猶予等の条件変更に弾力的に対応するよう要請し、現在も基本的にその状況は継続している。
しかしながら、今後被災者が復興に向けて再スタートを切るにあたり、既往債務が負担になって新規資金調達が困難となる等の問題(いわゆる二重債務問題)が生じることが想定される。
2. 震災からの着実な復興のためには、この二重債務問題に適切に対応し、金融機関・被災者のみならず、国・自治体を含め関係者がそれぞれ痛みを適切に分かち合い、一体となって問題の対応に当たることが必要である。
もとより被災地・被災者の状況は千差万別であり、単一の政策で全てが解決できるような単純な問題ではない。
個人レベルでみれば震災でほとんど全ての資産を失い、負債のみ残されたという事例は過去の震災にも数多く見られ、そうした被災者が苦しみに耐え復興を果たしてきた事実は重い。
また、今次震災での様々な被災者間の公平の確保にも配意しなければならない。
それでもなお、今回の震災が復興までに長期の時間を要すると見込まれる実態を踏まえれば、被災者の債務問題に関しても政府として可能な限りの対策を準備する必要がある。
3. 二重債務問題への対応には、大きく Ⅰ.中小企業及び農林水産業等向け対応 Ⅱ.個人住宅ローン向け対応 Ⅲ.金融機関向け対応が考えられる。
また、それぞれの対応に当たっては、旧債務、新債務に分けた検討を行った上で、様々な政策的取組みが必要である。
Ⅰ.中小企業及び農林水産業等向け対応
(1) 旧債務
① 再生に向けた相談窓口の設置と公的な旧債務整理プロセスの拡充・強化・ 被災した中小企業にとっての新たな相談窓口を早急に立ち上げる。
「中小企業再生支援協議会」を核としてその体制拡充を図り、事業者からの相談に応じ、再生計画の策定を強力に後押しし、より多くの被災中小企業の再生を支援していく。
・ 「中小企業基盤整備機構」や民間金融機関等が出資する「中小企業再生ファンド」を新たに岩手県、宮城県などの被災県にも設立し、過剰債務を抱えているが事業再生の可能性のある中小企業に対し、出資や債権買取り、DES(デット・エクィティ・スワップ)を含めた支援を実施していく。
被災企業の短期再生スキームに対するニーズを見極め、企業再生支援機構の支援等について検討する。
② 個人向けの私的整理ガイドラインの策定等・ 法人企業に関しては「私的整理ガイドライン」、「事業再生ADR」等の法的整理手続きによらない債務整理プロセスが存在する。
金融機関が、事業性資金を借りている個人事業者に対し、自己破産によらず、私的に債務整理を行った場合の債務免除についても無税償却等が可能となる方策を検討することとし、その一環として「個人向けの私的整理ガイドライン」を策定する。
また、中小の法人企業向けの更なる方策についても、検討する。
③ 再生可能性を判断する間の利子負担の軽減等・ 再生可能と判断された中小企業については、①により再生へ向けた歩みを始めることとなるが、今回の震災においては津波被災地における街づくりがスムーズに再開できない等の特殊事情があり、再生可能性の判断をするまでに一定の時間を要するものと考えられる。
それまでの間、旧債務が雪だるま式に増大し、再生を阻害する事態は避けなければならない。
一定の猶予期間における中小企業の旧債務に係る利子負担軽減のスキームなど、金融機関が返済猶予や新規融資を行いやすくする手当てを早急に検討する。
④ 金融検査マニュアルの運用明確化・ 十分な資本的性質が認められる借入金については、金融機関が債務者の財務状況等を判断するにあたって、負債ではなく資本としてみなすことができる旨「金融検査マニュアル」において記載済みである。
今後、その運用の明確化や周知の徹底を図る。
⑤ 農林水産業向け融資制度の周知・ 農林水産業の分野では、その特性に応じて、既存の融資制度を活用し、新規資金と一体での利子負担軽減のスキームがあるため、相談窓口の機能を強化し、引き続き周知の徹底を図る。
⑥ 医療関係施設、社会福祉施設への対応・ 医療関係施設、社会福祉施設についても、丁寧な相談体制の整備など、施設の特性を踏まえた対応を工夫して再建を支援する。
(2) 新債務
① 公庫等による融資制度の拡充・ 日本政策金融公庫や商工中金による「東日本大震災復興特別貸付」は、貸付期間(10 年以内→20 年以内)、据置期間(2年以内 →5年以内)ともに大幅に拡張されている。
・ また、中小企業基盤整備機構による「特別利子補給制度」において、最大で無利子化(地震・津波により事業所等が全壊・流出した中小企業や、警戒区域等に事業所を有する中小企業に対して実施)まで可能とする制度を創設。
・ 小規模事業者が無担保・無保証で利用できる「マル経融資」及び「衛経融資」の融資額(1500 万円に別枠1000 万円を追加)、金利引き下げ(▲0.3%→▲1.2%)を実施。
・ 農林水産業向けについては、日本政策金融公庫(農林水産事業)において、災害復旧資金について、一定期間(最大18 年間)実質無利子化、無担保・無保証人融資制度を措置。
・ 医療関係施設、社会福祉施設向けについては、福祉医療機構災害復旧資金について、一定期間無利子、1000 万円まで無担保融資制度を措置。
② 信用保証制度の拡充
・ 一次補正予算において、保証限度額を過去最大規模に拡充した信用保証協会による「東日本大震災復興緊急保証」を創設。
従来のセーフティネット保証等とあわせて保証限度額は倍増されている。
③ リース信用保証制度を始めとした設備導入支援策の検討・ リース債務については、現在、低炭素関係の設備に係る保険制度は存在するが、一般の機械を対象とした制度はない。
被災地におけるリースによる設備導入の支援策としてどのような措置が適切か、現地のニーズも踏まえ検討する。
④ 原発事故被災者への「特別支援制度」の創設・ 警戒区域等に事業所を有し、その移転を余儀なくされる中小企業者等に対する、福島県と連携した長期・無利子の貸付制度を創設した。
⑤ 二重債務をできる限り負わずに再出発可能な事業環境の整備・ 事業協同組合等の施設や農協等が所有する共同利用施設、複数の中小企業等が一体となって進める復興事業計画(県の認定を受けたもの)に不可欠な施設等の復旧について国が支援(一次補正予算で措置済み)。
・ 中小企業基盤整備機構が仮設工場・仮設店舗を整備し、市町村を通じて早期の事業再開を希望する中小企業等に原則無料で貸し出し。
一次補正予算において確保されたこうした制度の積極的な活用を図る。
また今後、水産業を始めとした地域関連産業向けを含め、支援の拡充を検討する。
Ⅱ.個人住宅ローン向け対応
(1) 旧債務
① 住宅金融支援機構における既存ローンの返済猶予等・ 住宅金融支援機構(旧公庫融資を含む)の既往貸付者のうち、東日本大震災で被災し、返済が困難になった方に対して、払込みの猶予及び払込み猶予期間中の金利引下げ等の返済方法の変更を措置。
(払込み猶予期間及び返済期間の延長措置については最長3年から最長5年、払込み猶予期間中の金利引下げについては、最大で「1.5%引下げた金利」から最大で「1.5%引下げた金利又は 0.5%のいずれか低い方」に拡充)
② 個人向けの私的整理ガイドラインの策定・ 事業性ローンと同じく、住宅ローンについても、金融機関が、資金を借りている個人に対し、自己破産によらず、私的に債務整理を行った場合の債務免除についても無税償却等が可能となる方策を検討することとし、その一環として「個人向けの私的整理ガイドライン」を策定する。
③ 住宅再建を目指す方の負担軽減
・ 事業性ローンと異なり、新債務を抱えて資産を取得しても、基本的に収入増が見込めない住宅ローンの特質を踏まえ、災害公営住宅への入居を推進するため用地取得造成費の補助対象化等によりその供給を促進するなど、極力二重債務を抱えなくて済むような施策を講ずるとともに、住宅金融支援機構の災害復興住宅融資について、融資金利の引下げを措置すること等により、新規の住宅取得にかかる費用と既往の住宅ローンの返済にかかる費用をあわせた負担が全体としてできるだけ軽減される措置を講じる。
(2) 新債務
① 住宅金融支援機構による金利引下げ・返済期間の延長・ 住宅金融支援機構が実施する災害復興住宅融資(災害により滅失・損傷した家屋の復旧に必要な資金を長期固定で貸付け)について、融資金利の引下げ(建設・購入の場合は当初5年間0%等)、元金据置・返済期間の延長等を措置。
② 災害公営住宅の供給・ 自力での住宅再建・取得が困難な方については、用地取得造成費の補助対象化を図ることなどによって、国庫補助率を引き上げて整備を促進する災害公営住宅についてその供給を促進し、被災者の生活の安定を図る。
Ⅲ.金融機関向け対応
① 金融機関への資本参加・要件の緩和・ 民間金融機関の有する貸付債権については、一義的には金融機関が被災者の便宜を考慮しつつ、債務の減免等を含めた対応を行うことが基本的考え方である。
「金融機能強化法」による金融機関への資本参加は、その財務基盤の強化を通じて、金融機関が被災地の実情にあった対応を行いやすい環境を作るものである。
今次の震災の影響を受けた金融機関については、その被害の甚大さに照らし、国からの資本参加を受けようとする場合に、
ⅰ.経営責任が問われないことを明確にする
ⅱ.収益性・効率性等の具体的な目標を求めない
ⅲ.国の資本参加のコストを平時の水準よりも引き下げること等を明確にした「金融機能強化法」および「信用事業再編強化法」の改正を早期に成立させる必要がある。
② 金融機関の無税償却の弾力化
・ 法人企業に関しては「私的整理ガイドライン」、「事業再生ADR」等の法的整理手続きによらない債務整理プロセスが存在する。金融機関が、資金を借りている個人に対し、自己破産によらず、私的に債務整理を行った場合の債務免除についても無税償却等が可能となる方策を検討することとし、その一環として「個人向けの私的整理ガイドライン」を策定する。
Ⅳ.財源以上のことを実現するために要する財源(自治体が負担する財源を含む。)については、三党合意(平成23 年4 月29 日)や東日本大震災復興構想会議における議論等を踏まえ検討し、その確保に努める。
Ⅴ.その他被災者の置かれた厳しい環境を踏まえ、以下のような措置を講じることとする。
① 東日本大震災に被災した相続人を対象に、民法915 条が定める相続放棄の熟慮期間(相続の開始を知った日から3 か月)を延長する法案の成立後には、その内容の周知に努める。
② 被災者生活再建支援金、義援金、弔慰金に関しては、その請求権及び支払い済みの金銭に対する差押えを禁止する法案の成立後には、これらの差押えが禁止されることを踏まえ、強制執行等の手続において混乱を生じないように配意する。
③ 東日本大震災に被災した相続人が被相続人の加入していた生命保険金、または同人が保有していた預貯金の早期支払いを受けられるよう民法の特別失踪宣告期間(1年間)を短縮すべきとの提案に関しては、東日本大震災により死亡した死体未発見者に係る死亡届の取扱いに関する法務省の方針(平成23 年6 月7 日付け)に則った処理を進める。
コメントする